堀田勝太郎商店

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歴史

堀田勝太郎商店のあゆみ


堀田家は江戸時代より代々続く武士の家柄で、堀田義照左衛門は京都淀城の守護職を拝命する武士として活躍していました。時は明治時代に移り、武士の世が終わると、その血筋を継ぐ初代堀田喜三郎は「茶交渉斡旋人」となり、茶業を始めました。

なかでも、二代目堀田一男は「茶交渉斡旋人」として、数多くの老舗茶問屋から絶大な信頼を得ていました。数百人いたと言われる「茶交渉斡旋人」の中でも、茶葉を見極める目利きと感性・人間性が、群を抜いており、「茶交渉斡旋人」のパイオニア的存在であったからです。

堀田一男は京都宇治を主体に活動しながら、老舗茶問屋の用命で、地元宇治茶を買い付け、宇治茶の発展に大きく貢献したのでした。その堀田一男が不慮の事故で惜しまれながらも他界した時には、各老舗茶問屋で社葬が行われたことが彼の信頼の大きさを物語っています。

そして、社長の三代目堀田勝太郎は、茶業界の将来と時代の流れを見越し、いち早く「茶交渉斡旋人」を辞め、1978年に自社で茶葉を買い付ける、製茶卸問屋(加工・販売会社)を法人化し、株式会社堀田勝太郎商店を立ち上げました。

このように、積み重ねてきた歴史と伝統・創業の精神は従業員にも浸透し、全社一丸となって日々邁進しております。